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冬籠もりのための書籍

Focus

暗く冷たい宇宙にさす一筋の愛

全三部作の厚みが、六法全書を凌ぐことで知られる『三体』。今年5月に日本語版が完結し、大きな注目を集めた。「中国SFの最高傑作」と名高い本作だが、旧約聖書ばりの分厚さゆえに尻込みしている方、積ん読している方も多いのではないだろうか。

かくいうscanning編集部内でも、春頃から布教を続けているが成果は一向に見えないやはり敷居が高すぎるのか、はたまた私のセールストークが下手くそなだけか‥‥ともかく!そんな皆さんの重い腰を、私は何とか持ち上げたいのである。

さて、肝心のストーリーだが「高度な文明を有するエイリアン(三体星人)による侵略」と、実にシンプル、かつ古典的だ。是非、あまり身構えず手に取ってほしい。

特筆すべきは、圧倒的リアリティと壮大すぎるスケールだろう。地球文明の滅亡という危機を前に、右往左往する国家・民衆の姿はまるで、コロナ禍を生きる私たちの写し鏡である。

そこに「人々は一致団結し、愛と勇気の力で脅威を打ち破りました」という甘美なシナリオは無い。むしろ、愛やら、諸々の雑念やらに目を曇らされる人類は、筆者が描くシビアな宇宙社会で、ことごとく悪手を踏み、散々な目に遭わされる。その惨状は、一周回って最早滑稽だ。

しかし、だからこそ、最後の最後で、人類を振り回し続けてきた(そして概ね地獄に導き続けてきた)「愛」が、地球はおろか宇宙全体の命運を左右するラストに心動かされるのだろう。

とまあ、何やら小難しくなってきたが、地球を守るべく主人公らがブチ上げる、ぶっ飛び作戦の数々、その遂行を巡る激しい心理戦などなど、とにかく見どころ盛り沢山な作品である。

ぜひ、ゆとりのある年末に読み進めてみてはいかがだろう。きっと、広大な宇宙に比べれば、ページ数の多さなど些細な問題に過ぎない、そう思えるだろう。

三体/劉 慈欣

子供心を宇宙に向けて

別パートでセオさんが「三体」をおすすめしているのだが(私自身かなり前から布教されているがまだ手をつけられていない…)私のパートでもSF好きならもちろん、そうでない方にもぜひ読んでもらいたい本をお勧めしたい。

今は亡き偉大なイギリスの物理学者、スティーブン・ホーキング博士による宇宙の不思議についてまとめた本である。

ここで、物理学者が書いた本なんて難しくて読めたものではないなどと、諦めないでほしい。ホーキング博士は、数学がさっぱりのガチガチ文系の私でも楽しく宇宙について知れる本を書いてくれているのである。

冒頭では、数式を一つ掲載するごとに売り上げが半減すると心に刻んでこの本を執筆したと話している。最終的に数式を一つだけ書籍内に入れることでなんとか本を書き上げたホーキング博士には頭が上がらない。

「なぜ宇宙はできたのか?」「どのようにして宇宙はできたのか?」「なぜ球体の星の上で私たちは今の今まで発展を成して来れたのか」。誰しもが、このような漠然とした疑問を抱いたことがあるだろう。しかし、今の私たちには大きすぎる疑問な故に、この素朴で純粋な疑問を私たちはどこかに置いてきてしまっている。

そこで読んでほしいのがこの本である。私たちの宇宙の神秘に対する興味を科学的に導いてくれる。SFではない、現実の世界である。ただ単に宇宙について解説しているのではなく、ホーキング博士のユーモアが垣間見える文章にきっとクスッと笑ってしまうだろう。読んでいくうちに、自分の現実世界を逸したリアルな宇宙の神秘に心が沈んでいく感覚がとても楽しい。

この年末年始のゆっくりする時期に子供心を是非思い出しながら広大で未知な世界に興味を向けてみて欲しい。

ホーキング、宇宙を語る/スティーヴン・W・ホーキング

「一人でいる」と「孤独」の違いは?

僕からは、近年 “欧州随一の知性”とも言われるドイツ人哲学者 マルクス・ガブリエルのインタビュー集「つながりすぎた世界の先に」を選書します。以下の概要は書籍から抜粋。

“本書において、著者は「つながり」にまつわる3つの問題 – 「人とウイルス」「国と国」「個人間」について自らの見通しを示し、その上で倫理資本主義の未来を予見する。つながりを論じたのち、最終章では「人間という存在」にフォーカスし、考えるとはどういうことか。人生の意味とは何かなど根源的な問いを扱う。”

書籍中で扱われるトピックスで特に注目したいのは、タイトルに挙げた「一人でいる」と「孤独」の違いについて。

改めてパンデミック禍で起きたコミュニケーション変化を振り返ると、物理的な分断と (ビデオチャット/SNSなど) オンライン接続による高速化が同時に起きる特殊な現象だったと思う。まるでブレーキとアクセルを同時に踏み込まれ、ギアは悲鳴を、車体は煙あげている…そんな情景すら思い浮かびます。そんな中で状況で「孤独」に苦しんだ方、自分を含めて少なくないんじゃないかな?そう感じていたり。

著者は「孤独」を ”人に会いたいのに会えない、痛みを伴う状態” として定義し「一人でいる」ことと区別する。さらにその解決を、癒されない渇きをもたらす外部コミュニケーションに求めるのではなく、自分の直感や内省に従い、新しい知性や好奇心といった自らに湧き出る泉を育むこと推奨する。言語を習得することも、学びたい分野の本をひらくことも。(このあたり、愛読書の「暇と退屈の倫理学」とも通じる考え方だったり)

この数年、いささか長すぎる冬休みのようにも感じているのですが、来るべき”春”に備えて、我が身に知性と好奇心を蓄えたいな。そう考えさせられる一編でした。セオさんオススメの三体もようやく購入できたので、この期間にひらいてみようかしら。

これ以外にも、「ポストモダニズムの克服」「EUの失敗と中国問題」「倫理資本主義」「新実存主義の人間観」といったトピックスからは、コロナ後のビジョンに向けた数々の示唆を得られます。ぜひ読んでみてください。

つながり過ぎた世界の先に/マルクス・ガブリエル

完璧主義からの脱却

2021年11月29日の朝、いつものようにiPhoneをチェックすると衝撃のニュースが目に飛び込んだ。Virgil Abloh 氏が亡くなった。

彼は自身のアパレルブランド「Off-White」に加え、アフリカ系アメリカ人初となる「Louis Vuitton」のクリエイティブディレクター、IKEAやMercedesとのコラボレーションといった、多岐にわたるメイカー (彼自身デザイナーではなくメイカーと名乗っていた) として活躍した。

この本は、2017年にハーバード大学デザイン大学院で行われた、Abloh氏の約1時間にわたる講義録(※)だ。彼が大事にしていたデザイン言語や、物事の構造化、問題解決といったデザインプロセスの舞台裏まで綴られている。中でも印象に残っている言葉がある。

“ワーク・イン・プログレスって、好きなんだ。これもまた、人間味を感じるというか。完璧主義じゃなくていいんだって気づいた途端に、山のような仕事を同時並行しながら安らかに眠りにつけるようになった。これは大事なこと。完璧になろうとするとかえって思考停止になってしまう。”

これは普段の仕事に置き換えることもできるだろう。最終的な成果物に至るプロセスの中にこそ、自分にとって、または誰かにとって価値あるものが生まれているかもしれない。彼の残した言葉は、私の中で2022年も生き続ける。

※講義の映像はYouTubeでも視聴可能 (Virgil Abloh’s Lecture at Harvard’s Graduate School of Design)

“複雑なタイトルをここに”/ヴァージル・アブロー