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観光業界のD&I

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観光業界のD&I

ワクチンの普及に伴い、国をまたぐ観光の再開に動き出す国も増える中、注目を集めているトピックスの1つがセクシャルマイノリティをもつ旅行者への対応だ。WTFによればLGBTツーリズムの市場規模は22兆円にのぼると言われる一方、課題も多い。

セクシャルマイノリティをもつアメリカ人2000名への調査結果では、4分の1以上が、「旅行中に自らのアイデンティティを明かすべきではないと感じる」と回答する。実際、同性のパートナーと手を繋ぐだけで厳しい処分が下される法律が定められる国もある。

旅行情報サイトAsher&Lyricによれば、2019年に最も多く観光客が訪れた上位150ヵ国のうち、3分の1にあたる51ヵ国で、セクシャルマイノリティの人々は法的な処罰を受ける恐れがあり、性的マイノリティに対する法的言及のない国も35存在し、58%のセクシャルマイノリティの人々がより多くの時間を旅先や宿泊施設のリサーチに費やすと回答している。また、自身の性的指向に関する問題が原因で、旅行プランの変更やキャンセルを選択した経験のある人も6割にのぼるという。

そのような状況下で、オンライン旅行会社Expedia傘下の「Orbitz」が、LGBTQフレンドリーなホテルを簡単に探せる新しい検索機能を発表した。性的指向・性自認を理由とする差別に反対する「Orbitz Inclusivity Pledge」に署名した35,000以上の宿泊パートナーが、ユーザーに提案される。

賛同するパートナーは、あらゆるスタッフによる差別的な対応の徹底的排除を約束している他、ジェンダー・ニュートラルな言葉の使用、ジェンダーに関する従業員向けトレーニングの実施といった対応を行う施設もあるという。

多様性や包摂性への注目度が高まる中、観光産業においても、あらゆる人がありのままの自分で旅を楽しめる、そんな体験を提供することが求められるようになるのではないだろうか。

 

BACKGROUND

・70ヵ国:同性同士の合意に基づく性交渉が犯罪とみなされる国

・68ヵ国:性的志向による差別から憲法や広範な法律により保護される国

Orbitz users can now search for LGBTQ-friendly accommodations

Opinion

D&Iとパーソナライゼーション

性別・年齢・能力・民族性・性的指向に関わらず、より多くの旅行者に世界を開放する。そんな観光のD&Iがどのような意味を持つのか。自らの職域であるサービス/UX設計の観点から考察したい。

まず「観光」の語源を遡ると、中国の『易経』にある「観国之光 利用賓于王 (国の光を観るは、もって王の賓たるによろし)」に由来するという説がある (井上萬壽藏・観光と観光事業, 1967)「観」は示すという意を表し「国外に向けて自国の在り方を示す」という意味が、そして語義には「他国の制度や文物を視察する」の意味が含まれる。つまり、前者はコンシューマー/後者はサプライヤーの視点と捉えられる。それでは、これらサプライヤー/コンシューマー対してD&Iへの対応がどうインパクトを及ぼすのか。

サプライヤーへの影響として、多様性への対応として革新性・創造性・競争優位性の獲得が、さらには企業メッセージの発信/共感による長期的な顧客ロイヤルティの獲得がある。アクセンチュアではD&Iに対して優先すべき4つの主要なイニシアチブをレポートにまとめる。

コンシューマーへの影響としては、旅行目的の多様化/旅行体験の最大化/物理的・心理的安全性の獲得などが挙げられる。NYTの記事によれば特にアフリカ系アメリカ人のコミュニティで、2020年のパンデミックや人種差別の事件から旅行方法と旅行先を再考する動きが高まったという。多くの人が、贅沢なスパ旅行や日光浴を楽しむクルーズではなく、長距離サイクリングといった個人的な挑戦から、世界遺産の探索やアメリカの50州すべてを訪問するなどといった人生の目標を実現させる手段として、旅行に新たな意味を持たせようとしてる。

これら達成の鍵として、個人的にはハイライトで取り上げたようなサービス提供のパーソナライゼーションに期待したい。

AirbnbではAIと機械学習を使用して検索結果のパーソナライズに取り組む。特定の場所を検索すると、機械学習に基づいたアルゴリズムにより、関心領域に合わせたパーソナライズ結果が提供される。 ホテル検索エンジンのTrivagoはTriplと提携して検索のパーソナライズテクノロジーを強化、ユーザーのソーシャルメディアの好みに基づいたリコメンドを行う。同様にTrip Adviserでもレビューを最適化しユーザーが旅行の意思決定を、より迅速にためらうことなく行えるよう取り組む。

もちろん過度な最適化への懸念、あるいは自分で旅行プランを立てる楽しみという意見はもっともだ。 しかしながら、旅行の醍醐味とは新しい価値観に出会うこと。そのためパーソナライゼーションを通じたD&Iへの取り組みは、安全・安心に対する懸念を軽減し、アイデンティティに基づいた体験と発見をもたらす、そんな新しい兆しになっていくのではと期待している。

旅行体験のススメ

オンライン総合旅行サービス「エアトリ」が行ったアンケートで、『海外旅行に行く際、不安を抱くことはありますか?』という項目に65%以上の人が不安になった経験をしたと回答している。過去の体験を振り返れば、私も共感を覚える一人だ。

最後に訪れたのは3年前のニューヨーク。大学の夏休みを活用した1ヶ月の長期滞在旅行だ。訪れるのは2度目だったが、治安情勢や言語の違いはもちろん、何よりも日本人である自分が「マイノリティ」になることに不安を覚えた。日本で生活していると感じることのないこの感覚は、新鮮でワクワクする反面、緊張を拭えないでいた。。

そんな気持ちが入り交じる中、旅はスタートした。「旅行」ではなく「その地で生活している感覚」を味わいたかったため、特にプランは決めなかった。唯一、「本場アメリカでスケボーをする」とだけは決めており、実際に月の半分はスケボー三昧の日々を送った。

タイムズスクエアやMoMA、THE METなど有名な観光地にはもちろん行ったが、今でも思い出として色濃く残っているのは、ローカルスケーターたちと共に過ごした時間だ。同じ趣味を持つコミュニティが、異国の地でどのように生活しているのか、とても興味深かった。共通点がある一方で、自分たちとは違う差異に気づき、新しい発見をすることもできた。そんな「多様性」を肌で感じ、理解することが、自分にとっての素晴らしい旅行体験になっていたのだ。

このようなコミュニティ体験を重視した旅行は今、さまざまな広がりを見せている。特にパリでは、かつては語られることの少なかった、女性の歴史と権利をテーマにした歴史探訪や、LGBTQ+の人々に焦点を当てたガイドツアーパリでの黒人文化に焦点を当てたガイドツアーなど、新しい旅行体験が生まれている。これらは、パリという街を発見するためのものであると同時に、旅行者が自分を物語の中に映し出すためのものでもある。

もちろん「良い旅行体験」の捉え方は人それぞれで異なるだろう。あくまでも提案として、「多様性」「包括性」といったワードを意識した、次の旅行計画を組んでみてはいかがだろうか。

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