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2030年の薬箱

Focus

2030年の薬箱

みなさんの家庭の薬箱にどれだけの薬が常備されているか?ぜひ家の戸棚をあけてチェックしてみてほしい。鎮痛剤や避妊薬から抗生物質や包帯はもちろん、謎の軟膏から期限切れの処方箋、不穏な数の曖昧な錠剤たち…と、使う機会に戸惑う薬品たちがどれほど多く詰まっているかきっと驚くことだろう。

今回のハイライト記事では健康・医療xテクノロジーを扱う企業や研究グループが紹介される。中でもデータを用いた医薬品・治療法のパーソナライズに着目した事例にフォーカスしたい。

NYを拠点に世界的な医師・研究者・教育者が参加する医療コミュニティ「Weill Cornell Medicine」では、パーソナライズされた新薬の承認・普及活動に取り組む。コミュニティで生理学・生物物理学を専攻するOlivier Elemento教授は「遺伝子配列に基づくパーソナライズは、処方薬の種類や投薬量を最適化することで医療コストの削減に大きく寄与する」と述べている。

またメキシコを拠点とするナノバイオテクノロジー研究グループの主任科学者J.R.Morones-Ramirez氏は、遺伝子の検査結果から得られる情報によって、感染症の抗ウイルス薬を個人に合わせた治療法とともに設計できるようになるという。この種のパーソナライズは、現段階では治療費も高く誰もが利用できるわけではない。しかし2030年代には徐々に普及されることで低価格が進み、多くの人が利用できるようになっていくという。

そう考えると混沌とした薬箱はパーソナライズの途中過程、あるいは私たちが健康・医療に対して感じる複雑さや不透明さを象徴しているようにも思える。医療技術やヘルステック、あるいはセルフケアが発達した先にある2030年の薬箱はどのような姿になっているのか?ぜひ未来に期待したい。

 

BACKGROUND

・153億ドル:2020年 ヘルスケアスタートアップが調達した資金総額(2019年から44%増)

・3,000億円:2022年 日本国内で予想されるヘルステックの市場規模 (2017年から50%増)

・約54兆円:2025年 高騰が想定される日本国内の医療費

What You’ll Find Inside Medicine Cabinets in 2030 (Gizmode)

Opinion

ヘルステックに期待するもの

医療・介護業界に迫り来る2025年問題をご存知だろうか。800万人の団塊世代が後期高齢者となり、国民の1/4が75歳以上という社会が訪れる。その備えとして、日本でもヘルステックへの注目度は上がっている。

身の回りで医療との接点を考えると、生後6ヶ月になる娘が中心だ。定期的な検診や突然の発熱、発疹など、子どもが産まれてから病院に行く機会は圧倒的に増えた。そんな中、いつも感じる物足りなさがある。親である自分たちの心配とは裏腹に数分であっさりと終わる診察。薬を処方してもらい帰宅するもどこか安心できない心。

もちろん、医療に求めることが治療なのは間違いない。しかし、それと同じくらい精神的なケアも必要なのではないかと感じている。自分と同じように、家で処方された薬を飲ませるだけで大丈夫なのか、他に何をしたらいいのか、と不安に感じたことがある人もいるのではないか。

術前・術後のデジタルケアサービスを提供する「DayToDay Health」は、そのような不安を解消してくれる。創設者Prem Sharma氏は、9割以上の人々が私と同じような不安を抱えているという深刻さから事業をスタートした。私はこの精神面でのサポートこそ、ヘルステックを促進させる鍵になってくるのではないかと推測している。治療前後のケアを始め、医療や薬品に対する適切な説明の必要性、それに伴う信頼性の獲得も不可欠だろう。

医療と信頼性という観点では、ワクチン接種に対する懸念の声が記憶に新しい。SNSを中心にネットには副作用に関する不明瞭な情報が散在している。日本では1割以上の人がコロナワクチン接種を拒否しており、そのうちの約7割が副作用を理由に挙げている。もちろん、WHOやCDC、各国政府は積極的に情報を発信しているが、新しい医療技術に対する人々の猜疑心は思った以上に強そうだ。

技術の進歩とともに新しい広がりを見せているヘルステック。人々からの期待も不安も大きいだろう。デジタルにおける健康管理やアドバイスなど、安心と医療が組み合わさって提供されることで、心身の健康を支えるものになることを期待したい。

人を繋ぐヘルステックのあり方

ヘルステックの導入によって私たちは日本の医療に何を期待できるだろうか。

少子高齢化が進む日本では、医療費の高騰が問題となっている。コストがかかるのは国だけではない。高齢者や生命を脅かす疾病を患う人々にとって入院や通院はかなりの負担である。

そこで導入されているのが在宅医療システムである。在宅医療を受けた推計外来患者数は2005年から2017年にかけて3倍近くに増加している。内閣府の世論調査では、自分自身が介護を受けたい場所として、4割近くが自宅を選んでいる。

また、最期を迎えたい場所としても、過半数以上が自宅と回答している。しかしながら、日本では病院での死亡率が全体の81%占めている。これは国際的に見てもかなり高い割合である。

私の母親は医療従事者として数年に亘り、在宅治療や「緩和ケア」のサービスを通して残りの人生を有意義に過ごす「終活」について患者と寄り添いながら考えている。

しかし、昼夜を問わず患者の対応に追われている姿を見ると娘の私としては、あまりにも医療従事者側の負担が大きすぎるのではないか、とも考えてしまう。一方で母親は、患者一人一人とのつながりを何よりも大事にしており、患者とのつながりがあってこそ医療従事者として存在意義があると言う。

確かに、自分のことをよく知っている存在は、医療の現場にかかわらず不安な時の支えとなる。殊更、自分の命や健康に関わる場面においては、そのような頼りになる存在がいるといないとではかなりの差があるだろう。

ヘルステックを在宅医療に導入することによって、患者側と医療従事者の両者の負担をかなり軽減できるのではないか。例えば、チェックリストや具体的な症状からAIによって大体の病状が判断できるなど、オンライン問診の精度が上がれば、医療従事者の判断はかなりスムーズになり、迅速に対応できる。

また、誰がどこの診療に出向いているのか、今誰が患者の元に駆けつけることができるのかなど、一目でオンライン上で把握できるネットワークやプラットフォームがあればかなりの効率化が図れるのではないか。

効率化を計りつつも、患者との関わり方も大切にする。テクノロジーが人とのつながりとヘルスケアをうまく繋いだ新しいサービスの形態として、ヘルステックは今後の鍵となるのではないか。

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