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社会課題と映像の役割

Focus

多局面から映画史を振り返る博物館

多くの映画スタジオがその拠点を置き、世界的に映画産業の中心地として知られるロサンゼルスに「アカデミー映画博物館」がオープンする。同館はアカデミー賞を主催するアメリカの映画芸術科学アカデミーが運営しており、4600平米の展示スペースを誇るアメリカ最大級の映画博物館だ。建築は建築界のノーベル賞とも言われるプリツカー賞を受賞したレンゾ・ピアノがデザインを担当しており、映画の歴史に関する常設展や企画展などのイベントが企画されている。

ストリームモダン様式のサバン・ビルのグランド・ロビーは入場無料のギャラリーになっており、20体の歴代のオスカー像が展示された黄金の空間となっている。また、その先ではアカデミー賞の歴史が時系列で紹介され、映画の歴史に触れることができる。アカデミー賞の歴史を振り返るギャラリーでは、オスカー賞受賞者に白人が多いことを指摘する#OscarsSoWhiteや女性候補者が少ないこと、黒人候補者に対する授賞式での対応などについても紹介されている。常設展は「映画の物語」と題され、映画史を賞賛するのみでなく負の歴史についても取り上げられており、映画産業の歴史をさまざまな視点で見つめ直すことができる。

博物館の4階は約1100平米の企画展スペースとなっている。オープン後初の企画展としては、「Hayao Miyazaki」展が開催される。これは宮崎駿のアメリカ初の回顧展として、オリジナルイメージボード、キャラクターデザイン、絵コンテ、レイアウトなどが、日本国外で初めて公開されるものも含め300点以上もの資料が出展される。

宮崎駿展の後の企画展の情報に関してもすでに公開されており、黒人アーティストが映画業界にもたらした功績について見つめ直す展示となっている。この展示は国立アフリカ系アメリカ人歴史文化博物館との共同企画展としてこれからの映画産業のあり方を考える展示になりそうだ。

 

BACKGROUND

注目したい2021年 アカデミー賞 受賞者

・クロエ・ジャオ:女性として2人目となる監督賞を受賞

・ユン・ジョン:アジア人女性として2人目となる助演女優賞を受賞

・ミア・ニール:黒人女性初のヘアメイク賞を受賞

Movie Museum Rethinks Exhibitions in Response to a Changing World (NYT)

Opinion

物語に見る不寛容と差別

近年、ナショナリズムの台頭や新型コロナウイルスの流行、そしてSNS社会の発達など、さまざまな文脈で、「他者への不寛容」や「差別」といった言葉を耳にすることが多くなった。これらのキーワードを聞いて思い浮かぶ映画が2本ある。1つは『隔たる世界の2人』、もう1つは『ジョジョ•ラビット』だ。いずれも、他者に対して不寛容な社会を舞台に、人種の異なる2人の邂逅が描かれる。

『隔たる世界の2人』の脚本が書かれたのは、ジョージ•フロイド事件の2ヶ月後。アフリカ系アメリカ人のカーターが、帰路につく度、白人警官に理不尽な理由で殺される無限ループに迷い込む様を描く。気性の穏やかなカーターは明らかに無害だが、何をしても(あるいは何もしなくても)暴力から逃げられない。

カーターは、99回に及ぶ不条理な死の末、白人警官と向き合う覚悟を決める。互いの身の上から、黒人と白人の「ベースライン」の違いまで、ざっくばらんに語り合う2人。カーターの自宅前で固い握手を交わし、和解したかに見えたのも束の間、再びカーターの体を凶弾が貫く。カーターの思いと裏腹に、白人警官は端から彼の話など聞いてはいなかった。彼はただカーターを殺したかっただけなのである。

これに対し、第二次大戦中のドイツという、より殺伐とした舞台設定ながら希望を描いたのが『ジョジョ•ラビット』である。主人公ジョジョは心優しいながらも、「ユダヤ人には角がある」「魚と交尾する」などと吹き込まれ、ユダヤ人への敵対心を燃やす少年だ。そんな彼は偶然、母が匿うユダヤ人の少女エルサと出会う。家ごと燃やしてしまえと焚き付ける(空想の)ヒトラーをよそに、ひとまず交渉の道を選んだことで、ジョジョの世界はひっくり返る。

エルサは、勇敢で(少し意地悪だが)優しいし、もちろん角など生えていない。ユダヤ人の少女が「いい人だし普通だ」と認めた時、ナチスかぶれの男の子は、イマジナリーフレンドと決別し、エルサの靴紐を結んであげる。ドイツが敗れ、もはや屋根裏にコソコソ隠れる必要の無い自由な世界へ彼女を連れ出すために。

これらの映画 / 物語は不寛容や差別を自覚的かつ外部化して描く為、白人警官の不寛容はひどく残忍に、そしてジョジョの偏見はひどく滑稽に映る。しかし、自身の行いを振り返ると、程度に差こそあれ、似たようなことをしてしまった経験が、決して少なくないことに気づく。「なんとなく暗い感じがしてあまり関わりたくない人だ」「チャラついて見えるし、自分とは違う人種だ」などなど。

先入観、ある種の偏見を完全に廃することはきっと難しいが、他者と関係を持つ時、自分が白人警官のようなマインドセットで臨んでいないか、ジョジョのように例え偏見があっても、まずは相手のことを知ろうという姿勢が持てるか問い直していきたい。

レガシーとしての映像

NETFLIXで公開中の映画「ATHLETE A (邦題:あるアスリートの告発)」をご存じだろうか?アメリカ体操界で起きたある事件を扱ったドキュメンタリーだ。

アメリカにおいて、体操競技はオリンピックでも花形に挙げられるほど人気が高く、特に女子体操ではアスリートの活躍する姿に憧れる子どもたちが日々トレーニングに明けくれる。しかし、そのようなアメリカ女子体操界を震撼するニュースが発表される。それは長期に渡って体操連盟で選手のケアに努めていた医師が、未成年の選手へ性的虐待を行っていた事実を報じるものであった。

ドキュメンタリーでは、虐待に対して声を上げたアスリート・家族・関係者らへのインタビューと過去に残された記録をから事実検証することで、さらに隠されていた選手への体罰や組織の隠蔽体質という課題を明らかにしていく。

映画を観終えて感じたのは言葉にならない衝撃だった。明らかになる課題内容はもちろん、インタビュー映像を通じ、画面越しではあるがその現場にいる一人として問題を見つめる感覚を得た。

しかし、物語は映画の中だけで終わらない。

先日開催された東京オリンピックにおいて、女子体操界のトップアスリート シモン・バイルズが個人決勝の出場を敢えて辞退したというニュースは記憶に新しい。彼女は先の「ATHLETE A」で報じられた数々の課題から、「出場辞退」という手段で体操界へ「NO」を突きつけたのだ。それは、腐敗した体操界の体制やスポンシング主体の競技会への拒絶であり、自身の心身はもちろん虐待の最中にあるチームメイトを守り、自分たちに主権を取り戻すための行為だった。

前回の記事でも触れたように、ヒトには自分と異なった人の世界や物語を求め、愛しみ、共感するという本能があると私は考える。数十年前に作られた映画が今も私たちの心を動かすように、映像は共感を達成する力強いツールであり、そこで表現されたコンテンツは場所や時間を超えて未来へのレガシーとなり得る。

オリンピックの閉会式から数日。開催までに起きた数々の出来事は日常の中で次第に熱を失い、徐々に社会のなかで風化しつつあるように感じる。もちろんオリンピックには感動的な数々のドラマがあった。しかし成功譚のみを取り上げて、数々の過程で起きた問題や、組織体制に生じた課題、そして選手が世界に対して訴えた意思に目を背けてはならない。先の「ATHLETE A」のように、いつか必ず声が上がり舞台裏に隠された物語とドキュメントが明らかになることで、将来の検証に繋がることを強く願う。映像は未来へのレガシーとなり得るのだから。

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