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メンタルヘルスを纏う

Focus

「服」を起点に始まる会話

1週間前の今日、SOHOには長蛇の列ができていた。お目当てはL.A.からやってきたアパレルブランドMadhappyのポップアップストアだ。

“Make the world a more optimistic place” (より前向きになれる世界をつくる) をミッションに掲げる同ブランドは、メンタルヘルスに関する会話を生み出すための手段として、アパレル製品を提供している。花や太陽、カラフルな色使いを取り入れたデザインが特徴的だ。

4人の創業者の1人、ペイマン・ラフ氏はこれらの問題にブランドが参入することについてこう語る。「ファッションは人々が自分自身を表現するための手段であり、メンタルヘルスと強く結びついている。プリントされたメッセージは、あなたがなりたいと思う姿そのものだ。」

実際、Madhappyの洋服には“Feel Your Feelings” (自分自身の気持ちを感じて) や“Treat Yourself Like Someone You Love” (あなたが愛する人のように自分にも接して) といった前向きなメッセージがプリントされている。

ブランドの活動はアパレルのみならず、メンタルヘルスに関する情報を発信するブログやポッドキャスト、自殺予防の非営利団体と提携したホットラインなど多岐にわたる。各人にとって意味のある方法で交流できるよう様々な手段を提供しているのだ。

今後アパレルブランドが、メンタルヘルスの頼れるひとつになる未来に期待したい。

Madhappy Wants To Talk About Mental Health. Are You Listening? (ELLE)

Opinion

メンタルヘルスへのアプローチ

現在世界で大きなトピックになりつつあるメンタルヘルス。これに対してステートメントを掲げ、メンタルヘルスケアに取り組むブランドが増えている。

HIGHLIGHTの記事でも登場したMadhappyはもちろんのこと、Leret LeretSADIREなどのブランドはポップなデザインのマーチャンダイズを起点とし、メッセージを発信している。それぞれのブランドが掲げるステートメントからは様々な角度でメンタルヘルスと向き合っていることが感じられる。例えば、SADIREは商品を通じて「悲しみと向き合うだけでなく、ユーモアを見出す道」を示そうとしている。また、The Mayfair group はデジタルコミュニティを通じてインターネット上に幸せな場所を構築することを掲げている。

一言でメンタルヘルスと言っても根底にあるステートメントはブランドによってかなり違うのである。一方で、“メンタルヘルスケア”へのアプローチ方法がフォーマット化してきていないか。いくつかのメンタルヘルスブランドを見ていく中で、「ポップであること=ポジティブな感情への呼びかけ」といったような方程式が見えてくる。これでは、それぞれのブランドが根本に持つ個性やステートメントがかなり薄れてしまうのではないか。個性を受容しサポートするはずのブランドが埋もれてしまってはもったいない。ブランドのコアがより可視化されることで、私たちのブランドに対するロイヤルティも大きく変わりそうだ。

14 Brands Supporting Mental Health Awareness (VOGUE)

ウェルビーイングの測り方

ウェルネス、あるいはウェルビーイングといった言葉が、一世代前のバズワード「サスティナビリティ」と同じ壁に直面している。それは、企業による貢献をいかに評価するのか、という課題だ。

共に、既存の評価軸 (バイタルデータや財務指標など) と比べて定量化が難しく、結果に寄与する要因も複雑に絡み合っている。

それでは今後、メンタルヘルスの領域で、どのような情報開示が求められるのか。メイン記事でも取り上げた、ファッションブランドを例に考えたい。

分かりやすいのは、本業以外での活動、関連団体への支援などだ。

例えば、アメリカの happiness project は、自殺予防団体に売上の15%を寄付すると発表しており、同様の事例は他ブランドでも見られる。

不躾な話だが、このような取り組みは、貢献度を金額という尺度で評価できる。いわば、企業のCSR活動でお馴染み、植林プロジェクト的な位置づけだろう。

問題は、本業 (洋服のデザインやそのPR) を通して、どれだけ人々をエンパワーできたかだ。

個人的には「Be Happy」なんて書かれたTシャツを着るより、普通にお気に入りの洋服を着る方がよっぽどテンション上がるんじゃない?などと穿った見方をしてしまう。

実際の成果を明らかにするヒントは学術的な研究にあるだろう。

ウェルビーイングの設計論』では、精神医学や心理学の領域で用いられる様々な尺度 (抗うつ自己評価尺度) の有用性が語られている。

専門家と協業し、顧客への定性調査を行うことは、(サンプル数や個人情報の保護といった課題はあるにせよ) 実現性の面からも有望なオプションになりうるのではないだろうか。

現時点で、関連する事例は見当たらないが、セレーナゴメス率いる Rare Beauty がキャンペーンに専門家を起用するなど、アカデミックとファッションブランドの距離は確実に近づいているだけに、今後の展開に期待したい。

8 Fashion and Beauty Brands Supporting Mental Health Awareness (

加速するブランドのメディア化

正直なところ Madhappy のニュースで見かけた時は「アパレル×マインドヘルス」が自分の中で結びつかず、盛大に「??」マークが頭上を舞った。

しかし、ブランドの活動を調べていくうちに少しずつ腹落ちしていく。そのきっかけは、ブランドが発信するポッドキャスト「The Madappy Podcast」だ。

ポッドキャストではファウンダーの Mason と Peiman をホストに、ヘルスケアの専門家からファッションデザイナー、ミュージシャン、俳優といった様々なゲストを迎え、会話形式でメンタルヘルスを軸にした個人の体験/意見が展開される。個人的には、Episode 9 でKYLEが話す幼少期の家庭問題への克服のエピソードが好きだ。各話を聴くとマインドヘルスは誰もが抱える身近な問題であり、打ち明けることは決してネガティブではないのだと考えさせられる。

Madhappy というブランドは製品を販売するリテーラーである以上に、マインドヘルスをイシュー化するメディアなのだ。

メディア化の流れは他ブランドにも見られる。『KENNETH COLE』は、メンタルヘルスに関するリソースを提供するプラットフォーム『The Mental Health Coalition』を、アスレチックアパレルを扱う「Athleta」は女性の健康を解決するコミュニティ「ATHLETA WELL」を立ち上げる。

いわゆるDTCの流れから始まったカスタマーとのコミュニケーションは、社会課題に対するパーパスの重要性の高まりを受けて必要性を増す。ブランドは製品を売るだけでなく、理想とする社会の達成にむけた発信や関係性の構築が求めれらるのだ。ブランドのメディア化は、いまますます加速していく。

Kenneth Cole on Pandemic Lessons and Brand Integrity (WWD)

欠けてはならないオーセンティシティ

メンタルヘルスを謳うアパレルブランドは、本当に渦中の人々に寄与しているのか?

INPUTの記事では、この疑問に対する辛辣な意見が述べられている。

大きな課題のひとつとして挙げられているのが、彼らのデザインの意図が不明瞭であるということ。精神疾患に関するデザインをプリントしているにもかかわらず、商品説明の大半がエールソングの歌詞の引用。メンタルヘルスに関するメッセージをプリントしているが、その業界での継続的な活動はゼロ。これではかえって有害な存在になってしまうという。

ウェルネスな企業文化の構築などに携わってきたコンサルタント、ビークロフト氏はこれらのブランドには活動の裏付けが必要だ、と語る。具体的には、専門機関やNPOとの提携および寄付、リソースの提供などだ。

パンデミックを機に心身の健康はより大きな注目を浴びている。“メンタルヘルスウォッシング”なんて言葉で呼ばれないためにも、メッセージと行動が一貫したオーセンティシティはますます重要になりそうだ。

Does streetwear's 'wellnesscore' actually do anything for mental health? (INPUT)