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芸術の伝統と現代へのピルエット

Focus

ジェンダー課題へのスポットライト

芸術作家や批評家はバレエ界に潜むジェンダー課題に警鐘を鳴らす。

女性がバレエ舞台を軽やかに舞う一方、振付師や芸術監督といった権力のある役職は主に男性であり、業界には深刻な性差があるのだ。

データによればアメリカにある50のバレエ団体のうち、創設〜現在まで芸術監督の71%が男性2020〜2021年のシーズン中に企業上演された舞台の69%が男性主導のプログラムであり、世界に目を向ければ、大手バレエ団の芸術監督が女性後継者を持つ確率はわずか29%しかない。

ダンス界のジェンダー格差に対処するため業界課題に光をあてたのは、Elizabeth B. Yntemaが代表を務める非営利組織「Dance Data Project」だ。

2015年の設立以来からリサーチチームを組織し、リーダーポジションの比率から振り付け指導への’手数料、さらには企業の興業支出に至るまで、舞台運営を評価する24件以上のレポートをリリースした。さらにプロジェクトでは、ダンス業界における女性リーダーのリストやリソースをまとめ、業界のジェンダー課題に対する意識向上のキャンペーンを主導する。

代表のYntemaはこう語る。「業界分析においてバレエ業界のデータは見過ごされていた。わたしたちの取り組みは、経済において芸術がその役割を健全に果たせているか、人々に理解を促す観点からも意義のあるものだ」と。

Dance Data Project では、次の課題として業界における男女の共同参画指数の作成に取り組む。対象となる項目はポジションへの女性比率はもちろん、セクシャルハラスメントに対するポリシーの有無、女性位への経済支援制度、育児休業や介護規定、授乳設備なども対象だ。

舞台影に潜んでいたジェンダーの不平等に、いまスポットライトが当てられる。

Do Men Still Rule Ballet? Let Us Count the Ways. (The New York Times)

Opinion

やりがいと安定のジレンマ

舞台の上でスポットライトを浴びて軽やかに舞うバレリーナは、多くの子供たちの夢だ。

しかし大人になるにつれ、憧れで片付けることの出来ない現実を見ることになる。引退後のキャリア、実力主義な世界での不安定な給料、出産などのライフイベントによる影響を考慮すると、夢の裏側はなんとも厳しそうだ。

このようにバレエ、ひいては伝統芸術を存続するにあたって考慮すべき課題の一つに不確実性の高い雇用やキャリアパスがある。それらに関して安心して働ける環境が無くては、現役アーティストがその創造性を十分に発揮出来ないだけでなく、未来のアーティストたちの夢を奪ってしまう可能性すら考えられる。

Dance Magazineによれば、雇用環境が不安定である要素は主に2つ。まず、経済学者が言うところの「マッチング・マーケット」であることだ。ディレクターがダンサーに求めるものが大きく異なり、給与で採用を競わない(競えない)のだ。結果何よりも優先されるのは芸術性の相性であり、給与は二の次になってしまう傾向があるそうだ。次に業界内の規制が不整備なことだ。流動的なダンサー市場において一定の規制を設ける難しさがあるのだろう。

心に豊かさを与えてくれる芸術を消費する立場として、多くのアーティストが抱える「やりがいと安定性」というジレンマに思いを馳せたい。

更に広く捉えてみると、伝統芸術を巡るシステムの課題をた先に、個人のやりがいを存分に追求できる社会構築のヒントが秘められているかもしれない。

The Ballet Job Market Needs a Market (Re)Design (Dance Magazine)

江戸時代のジェンダー事情が鍵

着物の緻密で繊細な美しさは日本が誇る伝統文化の一つであり、世界でも人気を博している。織物の緻密で繊細な柄や色、型に込められた奥の深文化は、現代においても比較的色濃く日本人の心に刻まれているように思える。成人式や、卒業式、和婚など、晴れ着として用いられているものの、着物の生地として有名な西陣織の職人は減少傾向にあるという。この原因は、ポリエステル製の着物が広く普及してきているためである。ポリエステル製の着物は洗うことができる上に、織物よりも遥かに色鮮やかなため、若者にも人気だという。さらに、着物を着る機会は男女で大きな偏りもあることから、西陣織などの伝統的な織物は消滅の危機に瀕していると考えられる。

消えゆく文化を繋ぎ止めるには、現代人の気を引くスパイスが必要なのだろう。実際に、豊富な色味や、洗濯ができる機能性はかなりの魅力である。これからの伝統を守る上のスパイスとして、ジェンダーに注目していきたい。今では、当たり前のように語られるジェンダーの話題だが、江戸時代にもそのような文化があったようだ。

江戸時代にはすでに若衆と呼ばれる「第三の性」が存在したという。若衆は成人となるまでの男性を指す言葉だったが、中性的な性としての意味を持つこともあった。この若衆の服は、未婚の女性が着ているものと似ており、長くて流れるような袖がついていたという。また、女性も若衆の服を着ることもあったことから当時のジェンダーの流動性を垣間見ることができる。若衆の凝った服や、セクシュアリティのつながりは浮世絵のモチーフとしても用いられることがあったほどだ。

この若衆は、現代化の波に飲まれ消えてしまったが、この時代からジェンダーに対する自由な思想があったことは面白い。着物という日本文化を伝統していく上で、ジェンダーという切り口が世界をまた魅了しそうな予感がする。

The Disappearance of Japan’s “Third Gender” (JSTOR Daily)

サーカス文化を守るために

エンターテイメントという言葉から何が思い浮かぶだろう。映画、音楽、スポーツ、ゲーム、YouTube。もちろん個人差はあるものの、このあたりが一般的ではないだろうか。

しかし、これらは時代と共に変化してきた。19世紀末のアメリカまで遡ると、おそらく「サーカス」という声が多く上がったのではないか。当時、公演日には会社や学校も休みとなり、パレードから公演会場まで多くの人だかりができたという。

そんなサーカス業界も、現在では厳しい状況に置かれている。2017年にはアメリカ最大のサーカス団「Ringling Bros. and Barnum & Bailey Circus」が観客数の減少と動物福祉の問題から廃業を余儀なくされた。その背景には様々な要因が考えられるが、TIMEの記事では映画をはじめとする新しいエンターテイメントの誕生、自動車の普及により人の移動が広がったことが挙げられている。

そんな中近年では、サーカス団員がTikTokを活用し視聴者を楽しませているという。ジャック・レピアルツ氏は、観客がパフォーマンス動画をTikTokに投稿したことをきっかけに、現在では140万人のフォロワーを獲得している。彼のもとにはサーカス未経験者から「どうすればサーカス団へ入団できるか?」「技を習いたい」「どこで道具が買えるのか知りたい」というメッセージが寄せられているという。彼はサーカス業界を盛り上げるため、これらの質問にひとつひとつ丁寧に返信している。

しかし、そこにはジレンマもあるだろう。ネットやプロの情報へのアクセスが容易になるということは、多くの人々にとってサーカスが身近なものになると同時に、プロとアマチュアの境界線が曖昧になっているとも言えるのではないか。それでもレピアルツ氏はこんなコメントを残している。「60秒から3分の間だけでもみんなで楽しく過ごすことができれば、それはそんなに悪いことではないのかもしれない」。根っからのエンターテイナーである彼は本当にかっこいいと思った。

The American circus is in decline, but performers thrive on TikTok (INPUT)

芸術を学ぶ「価値」とは何か?

イギリスの美術教育が危機に瀕している。

政府は昨年5月、高等教育におけるアート系科目への助成金を50%近くカット(£36m → £19m)すると発表し、大きな波紋を呼んだ。いわゆるSTEMや医学など、”high-value subjects”への投資を優先する狙いがあるという。

実際、美術教育に対する人々の関心は、年々薄れているように映る。たとえば、GCSE(中等教育)の自由科目で、演劇・音楽を選択する学生は、過去10年の間に1/5まで減少したという。また、HESA(高等教育統計局)の調査でも、人文系科目の人気低迷が浮き彫りとなっている。特に顕著なのは「美術史」だ。関連科目の履修者は、10年間で28.5%減少している。対照的に人気を集めているのが、「経営学」といった学問だ。

なんとなく「潰しがききそうだなー」という理由で経営学部へ辿り着いた私にとって、身に覚えしかない話である(笑)しかし、政府の対応については、イギリス経済に年間£111bnの価値を生み出しているクリエイティブ産業を過小評価し過ぎではないか、など批判の声も大きい。

私自身、分かり易い実利でしか「価値」が語られない論調に違和感をおぼえる。社会 / 環境問題が山積し、経済合理性のみでは立ち行かない今だからこそ、実利に捉われない「価値」に光を当てることが求められているのではないだろうか。

The government has cut arts funding just when we need it the most (GQ)